棲み分けの重要性と心情的な困難性

以前からTwitterなどを見ていると、自分が好きではない分野に対しては口が悪い人が割と多い感じがする。
例えば、百合・BL・男女・俺の嫁派・考察派・二次創作派・カップリング派・メジャーカプ・マイナーカプなど。
社会や政治談義にもそれは及ぶ。左派・右派・リベラル・保守など。
中には自分が苦手な物を好む人に「厨」を付けて呼ぶ人もいる。
百合厨、俺嫁厨、ヘテロ厨など。
もちろん意見を言う自由はあるのでそれを止めないけれど、個人的には拘ったままで柔軟でいたいと思う。
ともすれば強い拘りは他方面への攻撃性に繋がってしまうから。
かといって自分が完全に折れるのも正しくない。
私は自己主張が苦手だから匙加減が難しい。
悩みは尽きない。



そして、余談だけど私は文章も下手でもどかしい。



はっきり言うと、百合厨やらヘテロ厨やら、左派やら右派やらが、互いに相手を馬鹿にしたり罵ったりしてる光景が辛い。
自分が正しくて相手が間違ってると思ってしまうのは自然なことではあるけれど、そうではなくて互いに異なるだけかもしれないよ。



更に付け加えると、特に社会・政治の話に関しては、誰かを擁護した時に、左やら右やら保守やらリベラルやらのレッテルを貼られるのが怖い。